顔面神経麻痺
 
顔面神経麻痺を考える20
 
不全麻痺と完全麻痺  こんた治療院

 今回のお話は、麻痺した神経の状態についてです。麻痺とはいったいどういうものなのかという事から、その損傷の程度から割出す回復の見込み具合などをお話してみたいと思います。私が普段の診察現場で、必ずチエックを入れている事などもお話の中に出て来ます。
 鍼治療を使っての、私の神経麻痺へのアプローチは、狙った神経は外さないとう事が徹底されています。これは顔面神経麻痺のみならず、各種の末梢性麻痺の治療も同じであり、神経の走行を知るという事が最も麻痺治療に重要である事は、基本中の基本です。そしてその神経がどの程度の損傷を受けて、どの程度回復しているのかも、私の最も知りたい内容であり、自分の目と手でその情報を収集しながら、日々皆さんとお付き合いをさせていただいております。
 私が、鍼治療がなぜ?神経麻痺に効くのかを説明するためには、まだまだコンテンツが長くなりそうな勢いです。


 麻痺とは

 まず、このコンテンツでは、遅ればせながら『麻痺』という言葉についてお話いたします。一般的な会話用語ではなく、医学用語として考えるならば、この『麻痺』という言葉は医学用語では主に、運動神経の障害において使われます。一部知覚神経と運動神経を両方兼ね備える神経もありますが、運動機能上の障害を指して麻痺という言葉を使うために、この場合はその神経の運動機能におけるトラブルを麻痺と言います。
 この麻痺という言葉は、中枢神経の運動機能障害、末梢神経の運動機能障害に使われており、皆さんの知るところです。そして、今回のお話の中心となる不全麻痺と完全麻痺についてですが、共通する事としてはいずれも運動神経における機能障害であるということを認識しながらコンテンツを読んでいただけたらと思います。

 末梢神経の損傷について

 実はこの末梢神経の損傷についてをお話しするにあたっては、非常に難しい内容である事を先にお話しておきます。というのも、実際に損傷した神経がどの程度のものなのかを即時診断できる明確な診断機械が存在しないため、今も尚、全般的に神経損傷の分類に関しては60年以上前に発表された論文が基準となっています。それゆえに臨床経過観察の下に、神経損傷のある程度のレベルが解ってくるといった事なのです。
 もっと平たく話せば、顔面神経麻痺において、ベル麻痺、ラムゼイハント症候群などによって起きた麻痺の組織学的損傷度は誰にも解らないという事であり、一部は筋電計などでその数値を基準におおよその判定を行ってはいるものの、組織学的損傷判定は完全でないのが現状です。
  麻痺した直後は、なおさら解りづらい状況であり、患者さんへお話しできる内容は数少ない事が解っていただけると思います。そのために、診察室においては、その神経の回復基準となっている回復の期間を教科書的指導を持ってお話をしなければならなくなるのです。強いては、顔面神経麻痺の場合は後遺症もあるために、その点においても可能性は否めないために更に病状の話を進められてゆくと、患者としては心が折れる様な話が耳から入ってくるのです。しかし、先に書いた通りに発病直後の組織学的損傷は誰にも解らないという事に注目していただきたいのです。
 発病後の経過観察を経て、その神経の損傷度が解ってくるので、みなさんも必要以上にあわてることなく自身の養生をする事が大切であろうと思います。しかしながら、なぜ早期からの鍼治療が良いのかを理解するために、今回はこうした内容によって、みなさんが少しでも早く鍼治療をすることをお考えいただければと思っています。
  以下、神経の損傷の診断基準を表にしてありますが、私が応用しているものですので、あくまでも参考程度です。

末梢神経損傷の分類(sunderland基準 参考)

 令和の現代においても、この末梢性の顔面神経麻痺における組織学的神経の損傷を示唆することは非常に難しい事でありますが、臨床的回復からみた場合にその原因たるものがどれだけ神経にダメージを与えたのかを考える事ができると思われます。私自身の考えでは、ベル麻痺と診断された病態の原因は現在はウィルスと考えています。
  このウィルスのDNA増殖が、末梢神経をどのように損傷するのかも明確でないために、回復結果から組織学的損傷を判断するのは多種の神経損傷も同じであるという事で、私自身はその分類としてsunderlandを基準に応用し臨床考察をしています。



損傷度
 
1度

 1度の神経の回復状況

 ニューロ アプラクシア(neurapraxia)と呼ばれる段階で、神経伝導路上の部分的な伝導障害を指すもので、神経本体の受傷は極めて軽度であり、神経の軸索の異常もない。よって神経の再生は行われないし、神経変性もない。
  筋肉の動き出し、いわゆる回復に要する時間は数時間、数日、数週といった状態で筋運動が認められ、3ヶ月以内に完全に運動機能が回復するものである。
 結果的に何もしないで、自然に麻痺が回復できるものである。

 私的コメント

 いわゆるベル麻痺や血管の炎症で起きた神経障害で、発症後2週間以内程度で微弱な筋運動が認められるものです。この損傷度に関しては、完全回復が多いに期待できるものです。この回復に関しては不全麻痺であったと言えるでしょう。
 他は外的圧迫による、橈骨神経麻痺、腋窩神経麻痺などもこのケースに相当します。
 神経の圧迫や血管の炎症によるものでも、長時間に及び原因の解除ができない場合は、3度の損傷といえるケースもあり、病因だけでは予後の判定は困難である。

2度

 2度の神経の回復状況

 本来axonotmesisとは神経軸索の断裂を意味するが、顔面神経麻痺の原因において、ウィルスの神経を損傷する内容においては、断裂とは言いがたい。神経の内膜や周膜には損傷はそれほど及ばないものである。そのために回復は良い。
 筋肉の動き出しに関しては結果的に3ヶ月以内ならば、損傷度1に相当し、3ケ月以上経過しても動きがない場合は、次の3度以上となる。

 私的コメント

 神経の軸索が断たれている状態ではあるが、その周りの神経を包む神経内膜、基底膜、神経周膜、神経上膜には問題がないとされる。このケースでは恐らく動き出しは1ヶ月ないし2ヶ月と考えられる。この動き出しに2ヶ月前後経過したケースにも1度の様に完全に回復できたケースも多数あります。

3度

 3度の神経の回復状況

 3度は神経軸索と神経内膜が損傷しているが、神経周膜が保たれている事を意味する。
 神経の軸索の再生が不完全な状態で終わるケースが出てくる。不完全とは本来の受容器に神経の再生が到達せずに、病的共同運動などのミスマッチが発生し易い状況である。

 私的コメント

 顔面神経麻痺の場合は部分的に動かない箇所が出て来ているものがある。これは比較的太い神経の枝に再生が診られるが、末端に近く細い神経枝の回復が診られないものが多くなってくるからである。局所的には、口(口輪筋)や額、上眼瞼の閉眼不全にその状況がみられる。それと同時に、病的共同運動が診られる状況でもある。
 末梢性の顔面神経麻痺の原因でベル麻痺、ラムゼイハント症候群、その他、自己免疫疾患、血管炎などの病因におけるケースでは大凡がここまでの損傷度である。

4度

 4度の神経の回復状況

 4度は外見上には神経幹が存在し、神経上膜は保たれているものの、その内部である神経周膜、神経内膜、基底膜、軸索が大きく損傷し変性が生じているものであり、神経回復は認められないために、外科的な処置(神経移植術)を勧める段階である。

 私的コメント

 外科的処置における聴神経腫瘍、耳下腺腫などのopeで顔面神経を温存する手術の結果で、神経再生(筋運動の動き)が全く見られないケースがこの4度になります。
 5ヶ月がその目安の1つとなるだろうと考えています。

5度

 5度の神経の回復状況

 5度は神経組織の肉眼的断裂が確認できるものです。nurotmesis。

 私的コメント

 外科分野にての処置が主である。神経腫においては軽度から重度まであるが、このケースは重度である。

 以上が私が臨床考察に使っている神経損傷度の考え方の簡単な指標です。顔面神経麻痺におけるベル麻痺や、ラムゼイハント症候群に関しては、1〜3度までがそのほとんどの症例の対症の可能性になります。4度〜5度は一応に私が日常取り扱う問題にも関与しておりますので、参考程度で書き込みました。


 顔面神経における不全麻痺

 ベル麻痺と診断された症例の実に8割以上の人が早期回復に至るのは、神経の損傷度が上記の1度ないし2度に相当するケースである事がお解りいただけたと思います。こうしたケースでは神経の回復に際しては、神経の伝導路の回復によって筋肉を動かす事が早期にできるもので、神経自体の器質的な損傷は全く無いか、極めて軽度の損傷であることが解ります。この状態を不全麻痺と考えて、不全麻痺の状態のコンディションの概要はどういった状態なのかをお話してみます。
 まず、明確に診察上に見えてくるものは、顔面神経が支配する筋肉の動きが多少存在するケースがあります。この事はいったい何を意味するのかという事です。その1つの意味としては、極めて末梢部に不具合が生じているだけで上位部(脳に近い)の顔面神経には影響が無い事が解ります。こうした所見が診えていると、1度〜2度の損傷である可能性が高く、自然治癒が多いに期待できるケースであると私は認識しています。
 一般的には、顔面神経の異常に患者が気がついてから、1日〜2日(24〜48時間)に病院へ受診します。そして受診後は様々なパターンでファーストエイド治療を開始いたします。この時に外的所見の診断として発病後3〜4日程度で耳介に現れる水疱を確認して、ラムゼイハント症候群の診断基準の1つを確認します。それと同時に、麻痺発病後の4日後に神経麻痺の進行状態もおおよそ確定していると思われます。
  この時点、つまり発症後5日以降で不全麻痺を確認でき、神経の多少の動きを確認できるものは1度損傷であると思われ、1ヶ月以内での回復は大いに期待できる状態です。
 発病後5日間を経過して、各神経枝の動きが完全に認められないとしても1ヶ月以内にその動きが出て来た場合は、不全麻痺として考えてよいものもあると考えますが、実際にはこうしたケースでも神経枝によっては動きが出ずに、3ケ月以上経過しても動かないものもあるのが現状です。これは一部の神経枝は不全麻痺状態であったが、他の神経枝は完全麻痺の損傷を受けていたという事で、顔面神経の場合はその分岐した枝の1つ1つを考えてゆかなければなりません。
 不全麻痺の状態であれば、当然下位の部位からとの判断ができ、完全麻痺の状態ならばその損傷部位の高さに関しては顔面神経が脳に近い部分からの損傷であると考える事ができます。
 するとこれらのケースから顔面神経麻痺の場合に不全麻痺と考えるには、顔面神経の解剖学的見地から、総体的不全麻痺と考えた方が解り易く、その大きく3つに別れた末梢の神経枝に細かく眼を配らせて、各神経枝ごとの損傷度を分析して診察と治療を行う必要があると私は考えています。

 臨床的に見た不全麻痺の治療

 私の臨床現場の診察では、それぞれの枝における損傷を見逃す事によって、何もしなくても治るとされたケースでも、部分的に麻痺が残ってしまい、それを4ヶ月以上も経過してからおかしいと気付いて私の所へ訪れるケースが沢山あることから、不全麻痺だからといって安易に考えてはいけないのだといつも考えさせられています。これは事実です。
  こうした状況は、不全麻痺との早期の判断により、末端の神経の損傷の回復経過を観察していないために、患者の訴えに対応できていないものであると思われ、外的に判断して完治していると思っても、患者の訴えには細かく対応していない結果だと思います。誰もが何もしないで治るにこした事はないと思うのは当然であり、その状況下にあるのか無いのかを知りたいところである事は言うまでもありません。
 私は患者の立場になって考えるならば、強いていうなら、また自分が顔面神経麻痺になったら、軽症に限らず直ちに鍼治療をする事でしょう。それはいかなる状況でも油断はできないと思っているし、鍼を使った様々な神経麻痺の治療効果に自らが実践し実感しているからでもあります。
 不全麻痺であっても、やはり早期の鍼治療がそうした完治への道のりをより確実にしてくれるのです。『鉄は熱いうちに打て!』、神経麻痺の鍼治療とて同じく、神経が回復する勢いがあるうちに治療しなければ、始めは多くある手段も時間の経過と共に段々と少なくなる事をお話ししておきましょう。
 そして、軽症として扱われて悩む人もいる事を医者はどう受け止めて、我々の治療への理解を早期に勧める事をして欲しいと考える今日この頃でもあります。

 顔面神経麻痺における完全麻痺

 末梢性の顔面神経麻痺における完全麻痺は、その外見上からでも容易に診て取れます。発症後1ヶ月の経過で、その神経枝の動きが3枝ともに出現していない場合は、上記の表から3度のレベルの可能性も出て来ます。しかしながら、1ヶ月の時点で3度と判定できないのはレベル2度の可能性もあるからです。そして、3ヶ月を経過して神経の動きが観れない場合は、レベル3度という可能性が濃厚になってくるのです。
 するとまず、レベル3度(3ヶ月以上経過しても動きが見えない)の場合は、各種の後遺症の出現率がUPしてくる事がわかります。それは神経組織が再生という修復を行わなければならないほど損傷したからなのです。
 ラムゼイハント症候群などのウィルスは、そのターゲットが直接に神経組織であるために、この様なレベル3に達し易い状況を引き起こすと充分に考えられます。しかし、ラムゼイハント症候群だからといって、落胆する事もありません、要するに神経が早期に回復の兆候を示すのかによって事態は変わるのですから。
 後遺症の問題に関してはまた、後日コンテンツでさらに詳しく書いてゆくつもりですが、鍼治療は、やはりこうした後遺症が出現する前(神経が動き出す前)に対策を取ってゆく事が望ましい事をお話しいたします。つまり、出た後遺症を抑える事より、出ない様に努力する事の方が私からすると数倍楽であると考えています。詳しい事は次回にお話ししたいと思います。後遺症を封じるためにどれだけの事ができたのかです。

 顔面神経麻痺を考える20のまとめ

 『発病直後の組織学的損傷は誰にも解らない』という文章中の言葉は非常に重要な文面です。この事は診察をする上では論理的見地からその損傷度を導き出す事が現状です。よって、ある意味に置いてはその担手の見知によって大きく変わるものである事を意味します。
  疾病においては時間が経過するとともに、その正体が明確になる事は我々医療の担手ならば理解できる事です。初期症状では鑑別に苦労しても、随伴する症状が時間の経過と共に表面化してくれば、その正体を見極める事も容易になってきます。この事は患者側からすると、最初の先生では解らなくて、次の先生でやっと見つけてくれたという事になり、いささか次の先生が良い先生だという結果になり易いのですが、時間の経過と共にその正体が明確になったという事でもあり、あながち最初の先生は悪い先生だったとは言い切れません。
 この末梢性の顔面神経麻痺に関しても、神経の動き出しの時期が重要であることは確かですが、以前コンテンツにも書いたとおり、回復の兆候を診て取れるか否かも重要ですので、時間の経過と共に皆さんの知りたい事が説明してあげられる様になるのも事実なのです。

 医術は人に宿るもので、文章にあらず。

 治療と称するものには、必ずその担手の医術の技量つまり テクニックが必要になります。たくさんの物知りではあるが、実際の所は臨床を通じて その成果を積み上げていない事や、そのまた逆である事も同じく。その病気に携わる者は、日々疑問と成果を評価しながら自分の医術の向上を磨く事が必要であると思っています。
 私の携える鍼治療は特にその技量に関しては非常に大きく影響するものであり、 良い知識を得たとしても、実行力がなければ効果も平凡です。
  しかし、それ以上に必要なのが患者さんに対しての治療説明や病状に対する把握がなされているのかです。すでに治療を受ける前に患者さんが不安でいる事を忘れる事なかれです。説明と同意の下に医療は行われるのがその本筋です。患者さんたちは、この先生に自分を預けてみよう、この先生についてゆこうと、大切な自分の身体を先生に預けるのですから、私たち担手はそのテクニックに磨きをかける努力を怠ってはいけないと思っております。
  鍼は効くものでなく、効かせるものであり、中国では『少而精』(シャオアールジン)といって少ない経穴(ツボ)で最大の効果を出す事が名医の手法とされ、私も早くその領域に近づきたいと思っている今日この頃です。


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 顔面神経麻痺に関係する執筆内容のページです。是非読んでみて下さい。
 こんた治療院 <治療の窓>より抜粋しました。
 毎日、診察の合間にコツコツと執筆しながら早19年が経ちました。皆さんに1つでもお役にたてる事がありましたら、幸いと思いながら、今も尚治療の合間に書き続けている内容です。全国の方から色々な御質問などいただき、毎日心を込めて返信しています。そうしたみなさんの力で、今日まで一生懸命やっていて良かったと思うのは、インターネットのすばらしさの1つだと考えています。

 シリーズ
 顔面神経麻痺を考える

6.1 後遺症各論
<病的共同運動の強調>

7 小児の顔面神経麻痺
:ケア編

8 顔面体操と
顔面の運動は、
やってはいけない

10 顔の痛み 三叉神経痛

21 随意運動と不随意運動

23 やっつけに行く
今回は、
鬼軍曹の
独り言ですか?


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